彼と彼女の花いちもんめ~溺愛王子の包囲網~
「あのなぁ・・・そういう事、無意識でも言うな」
 呆れたような声。
「だって・・・あたしばっかり・・」
「そんな風に言われたら・・・」
 優しく触れるだけだった指先が、みちるの手首を掴んで、シーツに縫い付ける。
 さっきまでの穏やかな表情を一変させた篤樹、みちるを押さえつける様に身を乗り出してきた。
「俺だって、いつまでも優しく出来なくなるだろ」
「・・・篤樹・・」
「これでも、怖がらせたくないから、必死に抑えてんの。ずっと好きだった相手と、漸く付き合えるようになって、やっとこうして抱けたんだ・・・只でさえ舞い上がってんのに、いきなり理性が飛ぶような事言うなよ・・・」 
「も・・・もうシた・・・し」 
 しどろもどろになってみちるが答えると、篤樹がどうしようもないな、と額を押さえた。
「一回で終わると思ってた?」
「ええっ?」
 聞こえてきたとんでもない答えに、みちるが硬直した。
「これまで、俺が、想像の中でどんな風に、みちるを抱いたか、教えてやろっか?」
「・・・っ」
 思わせぶりなセリフと共に、唇をなぞられて、肌が泡立つ。
 みちるが息を飲むのと、篤樹がみちるの頬をそっと撫でるのが同時だった。
「一晩なんかじゃ、足りない」
「・・・あ、あの・・・」
「でも、みちるには嫌われたくないから、我慢してる」
「き、嫌いにならないから!」
 胸にある愛しさは、そう簡単に消えるものじゃない。
 こうやって、情熱的に愛された今、さらにその気持ちは増している。
 みちるの返事を受けて、篤樹が困ったように目を泳がせた。
「その強気が羨ましいよ」
 小さく言って、みちるの手首を離すと、今度は優しく抱きしめる。
 こうもあっさり信用されれば、何も言い返せない。
 疼く熱は、まだみちるの柔らかい体を欲しがったけれど、篤樹はみちるの瞼を閉じる様に、キスを落とした。
「眠っていいよ。朝起きたら家まで送るから」
「・・・篤樹、寝れる」
「みちるが眠ったらね」
「・・・」
「大丈夫だから、寝な」
 不安そうに見上げてくるみちるを、安心させるように微笑んで、篤樹が答えた。
「・・・一方通行じゃなくて、あたしも、ちゃんと愛情返すから・・・ね?」
「うん・・・分かってる」
 おやすみ、と篤樹が唇にキスを落とすと、漸くみちるが目を閉じた。


 篤樹の心地よい体温は、みちるを守る様に全身を包み込んで、穏やかな眠りへと誘って行った。



「送ってくれてありがとう」
「こっちこそ、無理やり引き留めてごめん。嬉しかった」
「ううん・・・じゃあ、後でね」
「うん、会社で」
「あ、そうだ。篤樹」
 最寄り駅で別れ際に、みちるが改札前の篤樹を振り返った。
「うん、なに?」
「ふたり、って、いいね」
 手を振って改札を通り抜けるみちるを見送りながら、篤樹は、みちるの言葉を思い出していた。

 一方通行じゃなくて、ちゃんと、返すから。
 お互いに。
 ふたりで。
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