不機嫌な茶博士(boy)

いわゆる黒い微笑みってヤツ?

床の間の前に佇む、凜とした姿を前に居住まいを正しながら、美織は内心で深く深くため息を付いた。
 ―――最初の稽古の翌日から巻き起こった騒ぎを思い出して。

 この“センセイ”が、校門前にベ○ツで乗り付けて来ていたとクラスメートから聞いたときには唖然とした。
 ベ○ツなんて、それだけでも十分目を引くだろうに、その後部座席から降りてきたのが“コレ”とくれば、騒ぎにならない方がおかしい。
 それでなくても今はSNSというツールが普及しているのだ。
 通りがかった生徒がその姿をすかさずスマホで激写、「イケメン」「学校なう」とハッシュタグを付けて、あっという間に学校中に拡散されると、翌朝までには彼が新しい茶道部の講師だという事が周知の事実となったのである。
 その後、茶道部一同(3人だけだけど)の元に、大勢の生徒が押し寄せてきたのは、推して知るべし、だ。

 威風堂々としたその佇まいは、正直、座っているだけで威圧感がハンパない。あれ以来、一部で“王子”と呼ばれてるらしいが、どっちかというと“殿”だろうと美織は密かに思う。

 とはいえ、“先生”は“先生”だ。

 美織は床の間の前の畳に切ってある、お茶を点てる為の湯をかける炉の前で準備をしていたのだが、ひとまず作業の手を止め、膝の前に手をつくと、深々とお辞儀した。

「本日もよろしくお願い致します。」

 途端、そばに居た3人組が盛大に吹き出した。

「なん、それ~っ?! 時代劇?!」
「ウケる~~っっ」

 美織はグッと唇をかみしめた。
 先生にご挨拶するのは普通の事なんですけどっ?!

(てゆーか、いちおー先生なんだから、注意ぐらいしてくれればいいのに…)

 心の中で愚痴りながら顔を上げると、そこには半眼で前を見据えた氷の彫像(に見える)が座っていた。

(前言撤回っっ、“殿”じゃなくて“魔王”がここにいる―――?!)

 吹き荒ぶ目に見えないブリザードに美織が凍り付くのと同時に響いたのは、「ただいま帰りました~」という呑気な声。

「先輩、お菓子買って…」と言いながら入ってきた由紀は、氷点下の眼差しに見据えられるや否やピシッと固まり、「す、すみません~~っっ」と叫びながら水屋(みずや)に駆け込んだ。

(これじゃお稽古にならないよ…)

 それを見送りながら、美織がまたしても出そうになったため息をなんとか堪えた、その時。


「―――神崎さん」

 ほっそりとした見た目の割に低く響く声で突然呼びかけられ、美織はビクッと体を強張らせた。

「は、はい?」
「今日は“これだけ”ですか?」
「え?…と、」

 一瞬、なんのことだかわからずキョトンとしたが、彼が目線だけで辺りを見回したのを見て気が付いた。

(あ、そうか)

「あ、はい。他の皆さんは、やっぱり時間が合わないとか、色々あって…」
「そうですか。」

 そう言った、次の瞬間。
 彼の口角がほんのり上がったのを見て、美織は目を見張った。

 本当に微かだったが、確かに―――

(笑った?!―――まさか…)

 信じられない思いで見つめる美織に気付かないまま、彼は“変なの”3人組に視線を移して言った。

「では、今日も“割稽古(わりげいこ)”を」

 その一言で、美織は確信した。

(わざと、だったんだ―――!)


「え~っっ、また“わり”~?!」
「あんだけやったじゃん~っっ」
「だる~~っっ」

 抗議する3人組に何か言おうと彼が口を開くよりも前に、

「待って下さい!」

 考えるより先に、美織は声を上げていた。
 目の前の彼が微かに目を見張る。まさか美織が口を出すとは思わなかったのだろう。
 美織は膝の上の手をぎゅっと握り込んだ。

 どんなに頑張ってお手入れしても、生理前には必ずニキビが出来る自分と違って、シミひとつ無いツヤツヤの肌に、サラサラの黒髪―――なんて、男のくせに無駄にキレイ過ぎると思う。
 間違いなくアイラインなんて入ってないはずなのに、長い睫毛に縁取られて、くっきりとした切れ長の瞳に見つめられ、目を逸したくなる気持ちを、美織は必死で堪えた。

(まっ、負けるもんかっっっ)

 ゴクリ、と息を呑み、やや上目遣いで睨みつける。

「きょ、今日は、お点前を、の、練習を、お願い、しますっっ!!」

 噛みながらも何とか言い切り、反論される前に続けた。

「あのっ、お点前を見るのも、練習だと思うんです。正直、芳華祭のためにも、そのっ、“私達が”お点前の練習出来ないのは、困るっていうか…っ」
「芳華祭…」
「うちの文化祭ですっ!!」

 美織は必死で言い募った。

 だって、また“先週みたいな”お稽古なんて、冗談じゃない―――!!!





< 6 / 11 >

この作品をシェア

pagetop