不機嫌な茶博士(boy)

若過ぎるにも程がある

―――そうだ、野点(のだて)にしよう!


(とは言ったものの…)

 その日から美織は、学校でも家でも常に考え込んでいた。

 生徒会に聞いたところ、優先分以外の枠は抽選になるからと言われ、ひとまず申し込みだけはしたが、正直あてにならないとガッカリした。
 中庭以外にも出店出来そうな場所を探してみるのも手だが、そうなるとテントの問題がある。
 中庭は初めから模擬店を出す前提で、スペース分のテントを設置してくれるのだが、他の場所となると自分達で準備する必要があるかもしれない。
 だが悲しいかな、借りに行くあても無ければお金も無い。テント無しで計画して、雨が降ったら何もかもが台無しだ。

(どーしてインフルなんかなっちゃったんだろ…)

 今更考えてもしょうが無いのに、どうしてもそこに戻って美織は泣きたくなる。

(このままじゃ、休部になってしまうかもしれない)

 はっきり言ってしまえば、ここの茶道部は部員がいなくなっても廃部になる恐れはない。
 そもそも普通の部活動は3人では成り立たないものだ。
 元々授業の一環だったからこそ、部費の削減も無いし、外部からの講師も呼んでもらえる。それはわかっているのだが、だからといっていつまでも少人数で活動するのは限界があるだろう。

『ごめんね、学年1人だけだから必然的にみーちゃんが部長になるんだけど…』

 そう言った先輩達の申し訳なさそうな顔を思い出す。

『大丈夫ですよ!私、頑張って部員増やしますから!』

 その言葉に、3人いた先輩達みんな嬉しそうな顔をしていた。
 芳華祭が終わった後も、受験勉強の息抜きと称して度々顔をのぞかせてくれていたから、みんな茶道部が好きだったのだろう。
 なのにこんな状態を見たら、先輩達がどう思うだろう…そんな風にぐるぐる考えて美織が頭を抱えていると、不意に机の上に置いたスマホからメッセージ着信音が鳴った。

 真っ黒な画面に浮かび上がった送信元は吉岡先生。
 書かれていたのは一言、


『こ、腰が』だった。







 ぎっくり腰…というのがどういう状態なのか、正直高校生3人には実感としてわかないのだが、動けなくなるやつというのだけは話に聞いて知っていた。

 となれば、次に考えるのは、
『部活、どうなるんですか???』
で、吉岡先生の容態は二の次である。――まあ、高校生なんてそんなものだ。

 騒然となった茶道部グループトークに、吉岡先生からもたらされたのは、
『大丈夫よ~、代わりの先生お願いしたから(汗)』
という返事。

 若いがしっかりした先生だからという言葉に、3人はひとまず安心した。それだけ吉岡先生と親しくしていたし、信頼していたからだ。

 そうして迎えた最初の稽古日。

「どんな先生ですかね~?」
「若いってどの位だろうね?」
「20代とか?」
「え~(笑)」

 と、和やかに準備をしていたところに、ピンポンパンポーン、という校内放送がかかった。

「茶道部部長、神崎美織さん。至急、校長室へ来て下さい。」

 突然の呼び出しに、美織は面食らった。

 何しろ、呼び出しなんて、これまでの学校生活で、初。
 しかも校長室っ?!

 戸惑いながらも急いで駆けつけた校長室の扉の前には、顧問の高松先生が待っていた。
 先生が扉をノックして開け、「失礼します。」とお辞儀してから中に入る。美織もそれに倣って中に入った。

「ああ、来たね。」

 室内に設けられた応接セットに腰掛けていた校長が振り返る。先生に促されてその隣に立つと、校長がその向かいに座っていた人物に、「この子が部長です。」と声をかけた。

 校長の紹介を受けて音を立てずにすっと立ち上がり、美織の前に移動してきた人物を“見上げて”、美織は息を呑んだ。

 ―――それは、明らかに制服とわかる服を着た少年だったのだ。しかも、

(えっ、何コノヒト…まさかモデルとか?!)

 所謂、イケメン―――と表現するに相応しい容貌というものを目の当たりにしたのは、美織的にこれまた人生初であった。

 見上げる程背が高いせいか、なんともいえない圧迫感に胸苦しさを覚える。さらりと軽くかかった前髪の向こうにある切れ長の瞳が、真っ直ぐ美織を見つめているだけに余計に、だ。

「遠野です。よろしく。」

 思いがけず低い声で礼儀正しく会釈され、心臓がドキリと音を立てた。だが、どうしてそうされるのか、どう返していいのか分からず、文字通りオロオロと校長とその人物を交互に見るしか出来ない。

「今度から来ていただく遠野先生だよ、ご挨拶して。」
「えっ?!先…」

 えええ~っっ?!

 と、絶叫しなかった自分を褒めてやりたい、と美織は後で思った。

 いやだって、おかしくない?!
 どう見たって、高校生だよね?!
 いくら何でも若過ぎでしょ―――!!

 プチパニック状態に陥りながらも、辛うじて「…ヨロシクオ願イイタシマス…」と口にしながら、無意識に深々とお辞儀をしていた美織は、それでもまだ気付いていなかった。

 これが更なる悲劇(?)の序章にしか過ぎなかった、という事に―――




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