Adagio
「佐倉さん、お料理好きだったんですね」
 有紗は少し勇気を出して、自分から話題を振ってみた。

「ううん、実はずっと実家暮らしで、恥ずかしくなるくらい出来ないの。だからちょっとお勉強。綿貫さんは?」

「お料理大好きです。でも、ここに来るのはレシピ集めと、美味しいもの食べたいのと、あとはダイエットです」

「ダイエット?」華美は首を傾げた。

「わたし、どうしてもおなかいっぱいになるまで食べたくなっちゃうんです。でも、美味しいものなら、お腹いっぱいにならなくても、幸せな気持ちになって満足できるかなーって」

「栞那も同じこと言ってた。このレストランを教えてくれたのも栞那なんだけど……あ、桐谷栞那って知ってる? 顧客管理課の」

「えっ……もちろん知ってます」
 顧客管理課、桐谷栞那。人事部内に、栞那の存在を知らない人間はいない。

入社一年目、研修明けの配属面談で宇美と衝突し、そしてあの宇美を泣かせたという伝説の社員である。
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