Adagio
有紗は買い物袋の束の中からひとつを取り分け、華美の前に差し出した。

「え、いいよ。気を遣わないで。だって渡す宛てがあって買ったものでしょう?」

「いえ、食い意地が張ってて買いすぎただけなんです、いつもわたしそうなんです。また太っちゃうので佐倉さん代わりに食べてください」

 それは坂巻のために買ったいちばん凝ったパッケージのものだった。ぐいぐいと紙袋を押し付けると、遠慮していた華美は観念したようにそれを受け取ってふわりと笑った。

「ごめんね、ありがとう」
 華美とまた一緒にご飯に行きたいし、もっと話をしてみたい。ふたりで坂巻の話をするのも楽しい。

けれどもし、坂巻への興味が仕事の先輩としての憧れを超える想いだと気付かれてしまったら、こうやって話をすることも出来なくなってしまうのだろうか。何を選んだらいいのか、分からなくなってくる。

「綿貫さん、また一緒にあのお店行こうね」
 何も気が付いていないであろう華美は、綺麗に揃った白い歯を覗かせる。

「はいっ」
 有紗は、悩む気持ちを隠して笑顔を返した。
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