君と過ごした冬を、鮮明に憶えていた。
「う...うぅっ......」
 静寂の字が相応しいであろうこの空間は、どんな時よりも安心出来る。だが、毎度毎度、母さんの嗚咽により邪魔される。
「母さん、泣かないで」
 安心感を削がれて、苛立ってしまっていた私は、急かすように母さんを慰める。これも毎度のこと、『急かし』と『優しさ』を履き違える母さんは、
「...っう...いつも、ごめんなさい......冬は優しいわね...」
 ”冬”
 そう言われた時に、体全体が反応した。
「...」
 背中をさすってあげる。そうするとやっぱり、苦しい笑顔を作る。そこで私は、ある決心をした。
「母さん」
 その決心が母さんにも少し分かったのか、反応を見せ、首を傾げる。
「逃げよう」

 この一言から、始まっていたんだと思う。
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