あなたの大切な人の話
そもそも彼女はヒッチハイクをしていたのです。
停まったのが理性も社会的地位もあるあなたという男だったから良かったものの、悪い輩もいるものです。
緊急事態だったとはいえ、ヒッチハイクをしなければならない状況に陥った彼女が、本当に誰かに守られる必要のないたくましい女性と言えるのか疑問でしょう。

「……藍川さんのお父さんの気持ちが分かるな」

あなたがぼそりと呟くと、彼女は「何か言いました?」と首を傾げます。
そこときあなたの口元はうっすらと笑っていました。しかしそれはすぐに消えます。

「ああそうだ、俺も家から結婚しろとは言われますね。放任主義だったのに、今さら孫が見たいとしつこく言い出して」

「やっぱり、どこも一緒なんですね」

「うるさいので、それが実家に帰らない原因のひとつでもありますが」

「……い、今付き合ってらっしゃる方と、結婚する、とかは……?」

彼女の聞き方は少々不自然でした。あなたに恋人がいないかをやっと探る決心がついたのでしょうが、それを悟られたくなくて変な聞き方になっています。

勘のいいあなたはそれに気づいたでしょう。
だから正直に答えたのです。

「恋人はいません。いたら、藍川さんを乗せてあげられなかったかもしれませんね」

彼女はピクリと肩を震わせ、胸の鼓動に堪えていました。みるみる真っ赤になっていきます。

彼女は自分自身について、一日風呂に入っていないジャージ姿の女、としか見られていないと考えていたので、まさかあなたに恋人がいたら嫉妬の対象になるとは思ってもみなかったのでしょう。
あなたがそのように彼女を評価していることなど、彼女は知らなかったのです。

あなたはジャンクションで車線変更をしていたので、そんな彼女の様子には気付きません。
彼女をそういうふうに見ていた自分自身の無意識の言葉にも、まだ気付いていませんでした。
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