大事にされたいのは君

彼の話し出す為に吸った息の音すらハッキリと聞こえる、そんな錯覚に陥るような静けさの中、彼の声はそんな事を気にも留めない迷いの無さで響き渡った。

「でも吉岡さんは俺ので、今の所それしか必要無いから、諦めて」

…それは周りのクラスメイトに、または私達に興味を持つ学校の生徒達に向けられて告げられた言葉だった。皆が息を飲む程の、彼らしからぬ発言だった。彼は明らかな拒絶をしない。来る者を拒まない。…が、去る者を追わない。あっさりと手放す彼が見せた、執着。

いつも明るくて、良くも悪くも軽い雰囲気を持つ彼からは考えられない真剣な声色に、周囲からの声があがる事は無かった…というか、あげられ無かった、と言うのが正しいのかもしれない。自分達に告げられた事は分かっていても、誰もどう返事をしたら良いのか分からなかったのかもしれない。

そしてそれは、私も同じだった。今の瀬良君の言葉は周囲へと向けられたものなはず。それは話の流れからも明らかで、それが一番自然な形で…しかし彼は、それを告げる間、ずっと私だけを見つめていた。私だけを真っ直ぐに、私しか視界に入っていないかのように。だからそこに、もしかしたらが生まれた。

もしかしたら、その言葉は私に向けられたものだったのかもしれない…なんて。私に向けて告げられた“諦めて”の言葉なのではないか、なんて。だとしたら彼は一体、私に何を諦めて欲しいのだろう。私に何を求めているのだろう。

「つまり長濱、おまえはライバルだ」なんて言った瀬良君に、「分かった、受けて立とう」と返した朋花ちゃんの言葉で、この空気は終わりを迎えた。変なものではなく、いつもの騒めきに戻ったクラスは先程までのものをこれっぽっちも感じさせない。どうやら瀬良君の様子に今はそっとしておこう、の答えが各々で出たようだった。

「じゃあ吉岡さん。昼は諦めるからいつなら時間くれんの?」

「え…っと、ほ、放課後…とか」

「放課後ね、放課後な。約束な?」

「う、うん」

というか、なんでこうちょっと怒ってる感じなんだろう。瀬良君の感情の起伏の原因が未だに分からない…
< 40 / 174 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop