恋・愛至上命令。
千也さんのにこやかな笑顔に見送られ、お店のドアが重く閉まった音を背中で聴いた。刹那。額に手をやり、喉につかえてた吐息を深く逃す。
その場で足を止めたわたしの俯かせた視界に、黒い靴の爪先が写り込んだ。

「・・・帰りますよお嬢」

淡々とした声は何かを堪えてる風でもなく。どんな表情をしてるのかと、顔を上げて凪を見やった。

相変わらずのポーカーフェイス。闇色の眸にも感情は乗せてない。だけど、はっきり断れなかったことは・・・謝らなきゃ。ひと呼吸おいて伏目がちに口を開く。

「・・・ごめんなさい。その・・・約束したのに」

「高津につけ入る隙を与えた責任は私にもあります」

凪は抑揚もなく言い、わたしの手を引き歩き出した。
いきなりだったから驚いて。ワンテンポ遅れて引っ張られるように、後ろを追いかける。

「・・・怒ってないの?」

「今の私ではその権利すらありませんよ」

低い声は。微かな苛立ちを含んでるように聴こえた。
思わず手を繋いだまま凪の前に回り込み、立ち塞がる。さすがの凪も、突拍子もないわたしの行動に目を見開いて足を止めた。
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