恋・愛至上命令。
「意地悪で言ってるんじゃないんだ」

気遣うような。それでいて心許なさげな気弱な微笑み。

「会いに来たのはこれで最後にするからだろ? 瀬里が本当に幸せそうなら、黙って帰すつもりだった。でも俺にはまだそうは見えないよ。・・・まだ寂しがってる」

晶さんは頬に触れてた指を滑らせ、肩に付くか付かないかくらいのわたしの髪を一房、掬って耳にかける。そして前屈みに顔を寄せ、耳元に口付けが落ちた。

「大島で足りてないなら、代わりに満たしてやれるのも俺だけ。その自信はある。でなきゃプロポーズなんてしやしないよ」

向いた視線は真っ直ぐにわたしを捕らえて。少しの揺らぎもなかった。

晶さんの言葉は隙間を縫うように、細い筋になってココロに染み込んでしまう。

『ごめんなさい。晶さんと結婚は出来ません』

それで消え去るはずの線のような跡。

凪が聴いてる。言わなきゃ。はやく。

「・・・・・・晶さんごめんなさい。でもわたし」

「答えは次に会った時に訊くよ」

やんわり、でも有無を言わせない気配で遮り、晶さんは淡く笑んだ。
置かれたジントニックを一口、そしてスツールから降り立つと。

「俺が本気だってことは忘れないで、瀬里」

最後にもう一度、頬を撫で。悠々と凪の後ろを歩いて入り口から出て行く。


その時、刃を合わせたみたいな視線を二人が瞬間で交わしてたことなんて。知る由もなかった。
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