きみの左手薬指に 〜きみの夫になってあげます〜

「櫻子……僕を見捨てるの?」

シンちゃんがわたしをせつなげに見る。

「きみはうちの家や会社のことで気後れしてるみたいだけどね。萬年堂は確かに老舗の文具メーカーでも、今では弟が立ち上げたステーショナリーネットに押され気味なんだよ。
……やっぱり老舗の名にかまけて、ネット事業への進出が遅れたのがまずかった」

(株)ステーショナリーネットは、オフィス用品をインターネットで受注して販売する形態で、急激に業績を伸ばしている会社だ。

「そこで、うちもなにか手を打たなければ、と思っていたらね。謙二が、煩雑になってきた生活用品の方をオフィス用品中心のステーショナリーネットから切り離して独立させ『ロハス・ライフ』という会社にして、萬年堂と共同出資で立ち上げたいと言ってきたんだよ。さすがに勢いはあっても新興のステーショナリーネットでは、新規事業を興す際には銀行や株式市場からまだまだ不安視されるから、萬年堂の後ろ盾が必要なんだ。
うちにしても、先細りしていく文具事業から多角的にビジネスを広げていける絶好のチャンスだからね。これが成功すれば、僕は『実力』で大手を振って専務から社長に就任できると思った。
だから早速、重役会議にかけたんだが、取締役連中は思った以上に、事なかれ主義の石頭ばかりでね」

シンちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……なかなか思うように進まないんだ」

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