きみの左手薬指に 〜きみの夫になってあげます〜

「そんなとこに通えないじゃないですかぁっ!
原さんだって知ってるでしょ?
櫻子さんのおうちは、亡くなったおばあちゃんから譲り受けた大切な家だから、離れられないって」

そうなのだ。

古い家だが天涯孤独のわたしにとっては、両親や祖母との思い出が詰まったあの家だけが「家族」なのだ。

「うん、だからね」

原さんは慈悲深そうな笑みを浮かべた。

実際、彼はだれに対しても親切でやさしい。
今だって、立場的には「上司」の彼に刃向かう真生ちゃんにでも、態度は変わらない。

「井筒さんに提案したいことがあるんですよ。
業務が終わったあと、少し時間をいただけませんか?」

わたしは肯いた。

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