王子様とブーランジェール
「あっ…」
腕の中で桃李が急にモゾモゾと動いた。
俺の背中の後ろの方へ身を乗り出して、体がガクンと揺れる。
急な動きだったので、思わず立ち止まってしまった。
「お、おい!危ねえな!」
「きれいだよ…」
そう言って、空を仰いでいる。
「何が」
「星…」
星?
言われて、俺も空を見上げてみる。
そこには。
広く、開かれた一面の夜空に。
余すこと無く、パノラマに敷き詰められた小さく細かい星の輝きが。
うわ…こんなに?
桃李の救出と連行で気付かなかった。
街灯や生活の灯りで明るい都会では、絶対に見られない。
雲がかかっていない晴れた夜空に、空気が澄んでいる田舎でないとお目にかかれない。
満天の星空だ。
見渡す限り、星が夜空に散らばっていた。
星座早見表が欲しい。
…ではなく。
まばゆい輝きに、包まれそうで。
そんなにロマンチストではない俺でも。
これは、グッとくる。
「すごいね…」
「ああ…」
桃李は、低学年の子供みたいに空を仰いだままキョロキョロと見渡している。
おい。あまり動くと落としてしまう。
体勢が崩れたので、抱き直した。
「わっ!ちょっと!」
「あー悪い悪い」
ったく、いちいちビビってんじゃねえよ。
そう思って、無意識に桃李の方を見た。
(あっ…)
しまった。
顔、さっきよりも近い…!
突然の奇襲(自爆?)に、思わず固まってしまった。
「…ん?」
そして、偶然にも桃李もこっちを振り向いてしまい。
目が合ってしまう。
やば…。
しばらく沈黙してしまう。
しかし、こんな状況に限って、桃李はなぜか、じっと俺を見つめている。
って、あまり見つめてくれるな!
「夏輝、どしたの?」
恥ずかしくて、照れくさくて。
すぐにでも、目を逸らしたいのに。
この時は、なぜか。
逸らせなかった。
眼鏡の向こうの大きい、黒目がちでキラキラ光っている、その瞳から。
星たちの輝きに魅せられたのか。
普段とは違う、想いが高ぶっているのだと、思う。
星が輝き巡る、この夜に。
何かが揺れ始めた。
「…桃李」
「ん?」
「あのさぁ…」