王子様とブーランジェール




うわっ…!

その猫なで声、今となっては、寒イボが立つ以外、何物でもない。



二階と三階を繋ぐ階段の真ん中である踊り場にいる俺達。

彼女は上から見下ろす形で、こっちを見ている。



「あ、嵐さん…!」



横で、陣太が「マジ、遭遇した…!」と、咲哉と顔を見合わせている。

何のことだ。



「やーん!今日も会えた!嬉しいー!」

「く、来んな!」



向こうは早足で階段を降りてくる。

逃げるべく、引き返そうとしたが、時既に遅く。

彼女に右腕をホールドされてしまった。



「…離せ!離せって!」

「やぁーだぁー。宿泊研修で3日もいなかったし、テストでなかなか会いに行けなかったし、久しぶりだもーん」

「…このっ!」



まだそのキャラで行くのか?!

おまえはもうホントに、勘弁してくれ!

こんな人目の多い場所で!



腕の引っ張り合いが繰り広げられる。

ちっ…振り払っても振り払ってもしがみついてくるって、どういうことだ!

その執念、どこから湧いてくる?



「やだぁー!待ってー!」

「…どけ!」



強行突破しようと、力づくで前に出ようとした。

しかし、上半身がガクンと下に引っ張られる。

何っ…!



「うふっ…捕った」



彼女は、俺のネクタイを両手でしっかり掴んでいた。

そして、壁を背にして更に引っ張ってくる。

身長差による角度が悪く、腰が曲がった状態になり、堪えきれず、あっという間に彼女のもとへ引き寄せられる。

「…ここでキスしよ?」

こ、これはいかん!

公衆の面前で…ふざけるな!



とっさに両手が前に出る。

彼女が背にした壁に、間一髪、両方の手の平がバチン!と、音を鳴らして届く。

顔面同士の接触はギリギリ寸前で食い止められた。

あ、あぶねえ…!



「やぁーん!壁ドン?」


しかし、劣勢なのは変わらない。

彼女の言うように、これはまさしく、いわゆる壁ドンの体勢。

まるで、俺が嵐さんに壁ドンしてるみたいじゃねえか…!

しかし、力の関係は全然違う。

ネクタイが下にキリキリと引っ張られ、下半身に思うように力が入らず、体勢が悪い…!

これ、時間の問題?

やば…!



「…ねえ?」

「…は、離せって…」

「『美央、今夜は抱かせてくれ』って、言って?」

「ぜ、絶対言わねえ…」

「えー?『美央様、お願いだから抱かせてください』の方がいいー?」

「言わねえって…」

すると、「もう!俺様なんだから!」と、わざとらしく口を尖らす。

いや、俺様とか関係ないし…。



< 134 / 948 >

この作品をシェア

pagetop