王子様とブーランジェール

その眼鏡を外してはならない










「…こんなことも出来ないのかおまえはぁーっ!」

「す、す、す、すみませんーっ!!」




夕方のグラウンドに響き渡る。

糸田先生の怒声。

サッカー部だけでなく、お隣の野球部の連中も振り返る。



もう…だいぶ鉄板になって、慣れてきたな。




本日は、木曜日。

桃李のペナルティ入部も、早四日目。

糸田先生の怒声と、桃李の汚ない悲鳴。

この二人のやりとりも、定番となりつつあった。



練習合間の休憩中。

誰もいなくなったグラウンドに、水撒きを命じられた桃李。

しかし、蛇口を捻りすぎて、ホースが暴れてしまい、おもいっきり先生に水を浴びせてしまった。

何てことを…!

先生、もちろんご立腹。



「おまえ、人生で一度も水撒きしたことないのか?ホース触ったことないのか!おまえ、人生今まで何して生きてきたのよ!」

「ひいぃっ…!」



先生のかなりの迫力に押され、桃李は悲鳴をあげて怯えることしか出来ていない。

俺みたいに言い返すだなんて、そんなスキル持ってないからな。



「あのメガネ、ダメダメだな」

「ああ。ダメダメだ。この間、荷物持ちすぎてひっくり返ってたぞ」

その光景を見て、しみじみと呟く先輩がた。

いや、俺もそう思いますよ…。

ダメダメ…。

すると、蜂谷さんが「あはははっ」と、笑い出す。

「キャプテン…」

「いやー。俺はそうでもないと思ってるんだけどね?…ただ、自信がないだけだと思うよ?自分に」

そう言って、先生と桃李を指差して笑っている。

「糸田めっちゃ怒ってる怒ってる…メガネちゃん、悲鳴あげてるわ…首根っこ捕まれてる…犬みてえ…」

人が怒られてるのを見るのが、とても楽しいらしい。

たいそう喜んでいらっしゃる、俺らのキャプテン…。




…実は。

あの日から、桃李と話せていない。



あの…高瀬のことで、怒鳴ってしまった日、恐らく泣かせてしまった、あの日から。



7月に入ってから、周りが急にあわただしくなった。

ペナルティ入部だけではなく、学校祭のことで、桃李の周りにも人が集まるようになった。

忙しくしており、何となく、声をかけるタイミングがない。

実は…挨拶すらもまともにしていない。




何でだろうか。

一声かけるぐらい、簡単なことなのに。



なぜ、出来ないんだろう。



…って、桃李は忙しくなりすぎて、もう忘れてるだろうな。



でも、俺はあの日のことが引っ掛かったままで。

時間が経てば経つほど、罪悪感でいっぱいになっていた。





< 154 / 948 >

この作品をシェア

pagetop