王子様とブーランジェール




「おい。外で待ってなくていいって言っただろが」

「…あ、夏輝」



離れたところから声をかけて、ようやくこっちの存在に気付いた。

警戒心も何もあったもんじゃない。

だからなお、外で待ってなくていいって言ってるのに。

わかっちゃいないのか。



桃李はこっちの方へと歩いてくる。

手には朝貸したベストを持っていた。



「ほ、ほ、本当に洗わなくていいの?」

「いいよ。自分で洗うから」

「な、な、何かいいのかな?って…袋、袋にも入れてない…」

「いいよ。別に」



差し出してくるベストを受け取った。

近付いてきた、その姿を視界に入れる。



何か…眼鏡をしてない。髪の毛も天パのライオン丸じゃない。

変な感じ。

あまり主張のないストレートのロングヘアは、今まで見えづらかった顔がよりはっきりとみえる。

目がぱっちりとしていて、黒目がちで。

鼻筋や、唇もはっきりと目に入る。

顔が小さい…。

うつむきがちで、恥ずかしそうにしている表情。

手足も白くて、細くて。



あぁ…。



(かわいいわ…)



かわいい…かわいいよ。おまえ。

その新しい顔に、そのいかにも女子な部屋着。

似合ってて、かわいいじゃねえか。

あぁ、照れるわ…。

恥ずかしくて、思わずうつむいてしまう。

あぁ…この顔、見られるとまずい。

気を取り直すために、頭を横に振る。

「夏輝、眠いの?」

「いや…」

ちっ。あまり突っ込まないでくれ。



「もうお風呂入ったの?髪の毛…」

桃李は俺の洗いっぱなしで乾いた頭を見ている。

「あ、あぁ」

「ごはん食べたの?」

「食べた。おまえは?」

「食べたよ。で、寝てたの?寝てたら悪かったなって思って。私が夏輝の家に届けに行ってもよかったのに…」

「いや、ピンクにエサあげてたし。だからそれは別にいいって」

徒歩5分とはいえ、夜道だろうが。

夜道をおまえに一人で歩かせるワケにはいかない。

不審者だって、どこにいるかわからないし。

「そうなんだ。ピンク元気?」

「相変わらずいつもと同じだ。犬」

「ふーん…」



何気ない立ち話をしていたが。

桃李が露出している腕をさすっている。

北国の夏の夜は気温が一気に下がって肌寒い。

昼間が暑かったとはいえ、その格好は桃李のような体の細い女子にはちょっとキツイだろ。




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