王子様とブーランジェール
部活が終わる頃には、空も薄暗くなっていった。
みんなでふざけながら片付けをして、終了しても先輩たちも交えてだらだらとしゃべっていると、また更に辺りが薄暗くなっている。
「じゃ、お疲れ」
「また明日!」
バス通学連中をバス停まで見送る。
家まで徒歩10分の距離の俺は、そこから歩いて帰宅する。
ジャージ姿で、重いカバンを肩にかけて、家の近くの商店街を歩く。
住宅が立ち並ぶ地域の中の小さな商店街。
ここだけは、灯りも多く、少し明るい。
俺の家は、商店街のパンダフルの角を曲がって住宅街をしばらく歩いたところにあるんだか。
今日はちょっと、角を曲がらず。
パンダフル、桃李の家に立ち寄ることにした。
…安否確認だ。
ヤンギャル連中が、桃李に何の用だったのか。
桃李は無事なのか。
『マッパにされて写真撮られて脅迫されたぁー!うわぁーん!』
…なーんてことになってたら。
迷わず狭山のところに乗り込んでやる。
殺るぞ。
相手が女だろうが、タダ者ではない狭山だろうが。
『女相手に男がマジで?卑怯者ねー?』
なんて、言われようが何だろうが。
桃李の身を脅かすヤツらは全員ブチのめす!
ブチのめしてやっからな…!
許されないわ!
放課後の因縁もあり、もしものことに闘争心メラメラになってしまった。
ケータイを開いて確認する。
時刻は、7時30分。
7時閉店のパンダフルは、とっくに店じまいをしていた。
だが、それにも関わらず、ショーウィンドウからは、光が漏れている。
中を覗いてみる。
店内の電気は消えているが、奥の厨房には灯りがついていた。
(…あ)
奥にある厨房には。
白いコックコート姿の女性がいる。
大きいステンレスのボウルに手を入れて、中に入った生地を大きく捏ねている。
桃李だ…。
学校にいる時の降ろしたボサボサヘアーではなく、髪は後ろにひとつにまとめている。
朝のエプロン姿とは違い、白のコックコートに腰巻きの長エプロンをして。
ただ、ひたすらパン生地を捏ねている。
目の前のパン生地しか見ておらず、本当にただ、手を動かしている。
学校での挙動不審でダメドジな桃李とは、違う。
パンを作ることに関しては、身なり、仕草がガラリと変わる。
学校にいる時の挙動不審な桃李とは、まるで違う。
真剣で集中してるとも言えるけど、楽しいのか、たまにやんわりと笑顔になる。
…桃李のこの表情が好きだ。
…このぶんだと、何かされた様子もなさそうだ。
よかった…。