王子様とブーランジェール
肩に担いだバットを下ろす。
悪い笑みを顔に浮かべたまま、カゴの中から赤いボールをひとつ取り出した。
何を、するんだ?
桃李は怯えながら後退りをしている。
その背後にはいつの間にか、大きめの緑のネットが二台現れていた。
金属バットとボールを手に持つ、狭山。
緑のネットの前に立つ、桃李。
この光景って…!
『魔女は、お姫様を殺そうと、毒リンゴを食べさせたくて仕方がありません!』
あの赤いボール…リンゴに見立ててるのか。
『さあ!これから、魔女の嫌がらせが始まります!殺人イートノック!観客の皆様、打球の行方には十分ご注意下さい!』
殺人…ノックだと?!
狭山は、左手のボールを軽く浮かす程度に放る。
同時に、片手でおもいっきりバットを振った。
カン!と、高い金属音が鳴る。
すると、バットに当たったボールはスピードをつけて、真っ正面に飛ぶ。
そのボールの行き先は…桃李の正面!
「…ひいぃぃっ!」
ボールの襲撃に汚い悲鳴をあげながら、桃李はその場で頭を抱えて伏せる。
しかし、ボールを避けきれておらず、腕にバシッと当たった。
「い、い、痛いぃーっ!」
すると、狭山の怒声が飛び交う。
「何をやっておる神田ぁっ!ちゃんと避けるか捕球するかせんかバカめ!」
だが、桃李も負けじと言い返していた。
「こ、こ、こ、こんなの出来ないぃっ!さ、さ、狭山さんのばかぁっ!…ひいぃぃっ!」
しかし、桃李に反論する暇を与えず、狭山はどんどんボールを上げ、桃李に向かって打球を次々と放つ。
ランウェイ上で、ノックが開催されている…。
避けるはともかく、捕球はグローブもないのに桃李じゃ無理だ!
な、何やってるんだ!狭山!
「…どけっ!」
再び、観客の人混みの中に身を投じる。
生徒の波を掻き分けて、二人が殺人ノックを行っているランウェイへと向かう。
狭山、案外上手いな。
野球、やってたのか?
…ではない。
狭山の打球は勢いがある。
桃李はそのセンターサークル内を慌てながら、あちこち逃げるが。
十分に逃げ切れてないのか、ボールがたまに腕やら足やらに次々と当たる。
その度に、「痛いっ!」と、うめき声が聞こえる。
…桃李をボコボコにするって、こういうことか!