王子様とブーランジェール




腹の底から、ため息を出す。

胸の奥の不快感、気持ち悪さを吐き出すように、深く。

「…竜堂?」

そのため息は大きかったのか、誰もが俺の方を見た。



「やめてくれ…」



何故か、いつものような勢いが出てこない。




この高校にいる以上、俺はミスターで。

そこからは逃げられないことに気付いた。



だとしたら、また。

桃李を傷付ける事態が起こるかもしれない。

こいつらではないにしろ、また他の誰かが。

新たな敵となって、出てくるのか…?




俺のせいで、また桃李が傷付けられる。

いや、桃李に限らず。

それは、他の関係のない女子かもしれない。




俺のせいで…また、こんな下らないことが起こるかもしれない。

俺の、せいで。




そう思ったら、いつものような負けん気も。

諦めの悪さも、感情として表に出すことが出来なくなってしまった。

応戦する気力も、出てこない。

まるで、泥の中に埋められたかのように。




「な、な、夏輝…」

「もう、いいって…」



俺が呟きだしたことで、全員がこっちを注目している。

しかし、その視線にも嫌悪を感じてしまい、気持ち悪くなってしまった。

もう、ここにはいたくない。



自分の意志とは反して、またため息が出る。



「ミスターって、何なんだよ…」



そう言い残し、みんなに背を向けてその場を後にする。

ここにはいたくないと思ってしまったら、考える前に勝手に足が動いていた。



「…夏輝!」



桃李が俺を呼び止める声がするけど。

愛しい人の声も聞き入れられないぐらい、余裕がない。

足を止めることが出来なかった。




もう、何もかもが腹立たしい。

俺を取り巻く環境も…俺も。




「…夏輝、待って!」



行く宛てもないまま、ずんずんと廊下を歩いていると、B教室からだいぶ離れたところで、パタパタと走る足音が聞こえてきた。

後ろからドン!とぶつかられ、左腕を掴まれて後ろに引っ張られる。

思わず足を止めてしまった。



「待って、待って、お願い…」



もう、振り返らなくてもわかる。

桃李が…追いかけてきた。




顔を見ることが出来ない。

申し訳ないという思いなのか、怒りが治まらないからなのか。

立ち止まったまま、無言でいたが。

俺の腕を掴む桃李の手に力が入っていた。



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