王子様とブーランジェール
でも、とりあえず。
桃李が悲しんでいなさそうな様子を目にして、ホッとさせられる。
よかった…。
…と、思ったのも束の間。
じゃあ、なぜ?
なぜ桃李は『私のせいだ…』と、教室を飛び出してこんなところにいるのか?
ケロッとした顔をして『練習…』とかって…え?何の練習?
また、ダンス?
…しかし。
そんなことを問う間もなく。
実は、そんな胸を撫で下ろす間もなかった。
「…あ、あ、あ、あのっ、あののっ、あ…」
突然、桃李が喋り出した。
フェンスを両手で握ったまま、こっちをじっと見ながら。
「…ひっ、ほ、ほ、ほんっ、ほんじっ、じ、じ…」
何だ?相変わらず吃りまくっていて、話が進まなさそうだ。
やれやれ。
しかし、黙って聞いてやる。
「…お、お、おひっ、おひがらっ…も、も…」
…でも、ここまで何を言ってるかわからないと、こっちもせっかちなので、だんだんイライラしてくる。
「…よ、よ、よろ、よろよろし…」
「…だから!何だ!」
「ひっ…!」
「落ち着け!落ち着いてから喋ろ!」
(………)
お互い、シーンとしてしまう。
あ…しまった。
つい、いつもの調子で…。
先程、このお怒りを散々咎められたのに、またしてもつい…!
そして、その不安は現実となってしまった。
「…うっ…ううっ…」
数メートル向こうのフェンス越しから、今にも泣き出しそうな声が聞こえる。
泣くのを堪えている表情だ…!
やばっ…。
「桃李っ…ごめん!」
咄嗟に謝罪の言葉が出るが。
しかし、それはもう遅かった。
「…ふうぅっ…ふえぇっ…うあぁぁぁーっ…」
泣き声が漏れ、ついに爆発してしまった。
また、泣かせてしまった…。
「うあぁぁぁぁぁ…あぁぁぁ…」
口を大きく開いたまま吠えるように声を出し、額をフェンスにベタッとくっつけて、項垂れて泣いている。
涙もボロボロと流れていて。
それは止むことはなかった。
その号泣している桃李の姿を見たまま、茫然と立ち尽くす。
「うあぁぁぁー」とか、そんなに声を出して泣かれるの、初めてなんだけど…。
やっちまった…。
何で、俺は…。
何でいつも、こうなってしまうんだろう…。
学習しろや…。
ため息が出そうになった。