王子様とブーランジェール





それから、夏休みは淡々と過ぎる。

塾、お店のお手伝い、夜のみんなとの勉強会。

そして、一週間過ぎると夏休みが終わり、新学期が始まった。



夏輝と里桜ちゃんが一緒にいるのを、何回か見かけたが。

あの黒いもやもやに体が支配されることは、無くなった。

でも、見ていて嫌だと思うから、見つかる前に姿を隠してしまう。


…大丈夫。

私には味方がいる。

このまま時が過ぎれば、きっと平気になる。

好きだと自覚してしまっても、夏輝には里桜ちゃんがいて、私にはどうしようも出来ないのはわかってるから。

今は堪えて、想いが風化していくのを待つことにした。




…しかし、事件は起こる。

それは、始業式の次の日だった。




今日も店仕舞い。

売り場とイートインスペースの掃き掃除をする。



今日は、夜の勉強会は無し。

学校が始まり、塾も通常営業の時間に戻るため、秋緒も理人も今日は遅くなりそうとのことだった。

里桜ちゃんも最近はお店を覗いている様子はない。

夏輝が先日の大会でチームを引退したから、ずっと一緒にいるのでは?と、理人が言っていた。

もう、大丈夫。




…と、思ったその隙を狙ったかのような、出来事。



トントンと店のドアを叩く音がする。

こんな時間に?…もう本日の営業終了したんだけどな。

せっかく来てくれたのに申し訳ないけど、一声かけなくちゃ。

そう、何の疑いも持たずにドアを開けた。



…のが、間違いだった。



『あ…り、里桜ちゃん?』


そこには、あの里桜ちゃんが立っていた。

(あ、ど…どうしよ…)

まさか、来るとは思わなくて警戒してなかった。



しかし、様子が変だ。

いつもなら『桃李ちゃーん!』とテンション高めに来るのに。

今日、目の前にいる里桜ちゃんは、何だかジトッとしている。

決してテンションは高くなく、無言で私をじっと睨み付けているようだ。

何か、怒ってる?

私を睨むその目は、どこか赤く涙でぐちゃぐちゃになっていた。

泣いてたの…?


『里桜ちゃん、どうしたのっ…!』

『……』


私をドン!と押し退け、ずいっと店の中に入ってくる。

中に入っても、シラッとした目で私を見ていた。




『…ねえ、桃李ちゃん、夏輝くんに何か言ったの?』

『…え?…夏輝に?』




急に話をフラれて戸惑いを隠せない。

私が?夏輝に?

何を言うの?



夏輝とは、あの夏祭りの日から、まともに話していない。

昨日と今日、教室で顔を合わせて一言挨拶しただけ。

何で…?


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