王子様とブーランジェール



『…あ、俺?…ははっ。暇してるわ。…みんな頑張ってんのに、悪いな?…ははっ』



笑ってる…。

そのまま体を起こさず、うっすらと目を開けてただその声を聞いていた。

夏輝、良い声してるんだよね。

そんなに低くなく、綺麗で。

聞き惚れちゃうほど。



でも…電話の相手は、女の人だ。

さっき『あゆり』って言ってた。



『…まあ、あゆりなら大丈夫なんじゃね?…え?何弱気になってんの。…大丈夫だって。おまえなら出来る』



すごく、すごく優しい声。

話し方も柔らかいな。



そんな彼の態度と話し方を耳にして。

またしてもふと、比べてしまう。




…私、普段からそんなに、笑いかけて貰っているだろうか。

優しく、話し掛けて貰っているだろうか。



《ったく、おまえは…》



いつもムスッとしていて、不機嫌な声…しか、思い出せない。



この差って…いったい何だろう。



『…え?気晴らしに?…あ、いいな。…って、おまえは試験前だけどいいのか?…まあ、1日ぐらいなら別にいいか…じゃあ行く?いつ空いてんのよ』



電話の相手の女の子は、なぜそんなに、優しくしてもらえるの…?



だけど、答えはわかっている。

それを理解してしまうと、目頭がじわっと熱くなってしまった。




《桃李ちゃんみたいな、天パ眼鏡のブス地味ダサ子、王子様の夏輝くんが好きになるワケないじゃない!》



そうだ。

私は、視界にすら入れてもらえない。



《王子様とみずぼらしいダサ子、釣り合い取れると思ってた?…自分の姿、ちゃんと鏡で見ろって!》



そうだね。



《図々しい!…おまえが夏輝くんと付き合うとか、100万年早いんだって!》



わかっている。わかってるよ。



《夏輝くんの気を引こうとして…所詮、ただの下僕だろ!おまえは!》



私が格下げの身分っていうことぐらい、わかっている。

わかってるよ?

でも…。



…じゃあ、この想い、どこに行けばいいの?



叶わないって、わかっているのに。

それでも、好きで好きで。

その先の何かを求めてしまう。



(つらい…)



そんなことが頭の中を巡る。

辛いと思えば思うほど、自然と涙がホロホロと出てきた。

それは、ダメだと思っても止まらなくて。

せめて、背中の向こうで楽しそうに電話をしている夏輝には気付かれないように、声だけはぐっと堪えた。



ほんの少しだけでいいから。

その優しい声と言葉が欲しかった…。




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