王子様とブーランジェール



勢いで言ってしまったことなのかもしれないが、内容が内容だけに聞き流すワケにはいかない。

こんなところで足留めくらっている場合じゃねえ。

何か方法はないか。



辺りを何気なく見回しながら、考える。



(…おっ)



その時、とあるモノが目に止まった。

これはいいぞ。

やっぱり持ってるな。俺。




そのアイテムを見て、心の中でガッツポーズをしてしまった。




出入口の傍に、ポンと置かれている。

白い長靴。

恐らく…おじさんの長靴。



こんなとこに置いてあるなんて、履いて中に入ってもいいぞ!と、言わんばかりだろ。

やった。やった…。



迷わずそれを手に取り、自分の履いている靴を脱ぐ。

長靴に足を通すが、小さい。

おじさん、足小さいな。指先丸まってしまった。

しかし、そんな贅沢を言っている場合ではない。

どうしてもこの厨房に入らなければならないのだ。





てなわけで。





「桃李、コラァーッ!」

「…えっ?!…あ、あぁぁぁっ!」



白い長靴を履いて、堂々と厨房に入る。

俺の叫び声にビックリしたのか、桃李はこっちを振り向くなり、ビクッと驚いていた。




制服姿に、白い長靴。

よくわからない姿で、登場。

そりゃ、さすがの桃李もビックリだ。




「へ、変な格好…」

「うるっせぇな!土禁守ってやったぞコラァ!」




なぜか中途半端にキレながら、ずかずかと身を進めて桃李に近付いていく。

しかし、俺の接近に体をビクッと震わせて、ヤツはまた後退りを始めた。

「ひっ…!」

アイランドテーブルの隅にあった流し場から離れ、反対側に回り、俺から身を隠すようにしゃがんでいる。

チラッと顔を出すが、俺と目が合うと慌てて引っ込めていた。

ちっ…まるで、追っ手から逃げるみたいに!



「何で逃げんだよ!」

「あ、あわわわ…」



また顔を出したが、またすぐに引っ込めている。

頭がちょこんとはみ出しているのが見えるが、ぶるぶる震えているのがわかる。

完全に怯えてやがるな。



何で…ビビってんの。



(はぁ…)



ため息出るわ。



「な、なんで…」



潜伏先の向こうから、か細い震えた声が聞こえてきた。



「…な、なんで、そんなに聞きたいのですか…」

「何でって…」

「わ、私みたいな、げ、下僕の話…き、聞き流して、く、ください…」

「………」



出た。出たぞ。

自称下僕発言。

いつ、俺がおまえを下僕呼ばわりしたんだか。



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