王子様とブーランジェール




イラッとさせられるが…それはちょっと切なくもあった。



それは、桃李が。

…おまえが、勝手に造り上げた身分差なだけであって。

こっちとしては、おまえは下僕どころか…格上の特別な存在なのに。

オーディション優勝だぞ?




なのに、何でそう思わせてしまったのか…。



…それはきっと、この俺の身勝手な事情による振る舞いが悪いんだろうな。

もう、わかってる。



「…聞き流さない」



テーブルに手をついて身を乗り出して、向こうに隠れている桃李に聞こえるように言ってみる。



「聞き流さねえよ!…嬉しかったから」

「えぇぇ…」

「…嬉しかったんだよ!…好きだって言ってくれて…」




言ってしまった…。

恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだ…!



「………」



すると、桃李はまたチラッと顔を出した。

目から上だけ出てる。

その目は、うるうるとしていた。

俺とは目を合わさず、視線は気持ち下だ。




「な、何で…何でそんな優しいことを、い、言ってくれるんですか…」

「あ、あ…え?!」

「わ、私みたいな下僕に、き、気を遣わないでいいんですよ…えぇ…」



…何っ!

こいつ…何を言ってるんだ?

俺が、気を遣って嬉しいだの言ってると…思ってるのか?!

『気持ちは嬉しいんだけど、でも…』みたいな?

何だその勘違い!



「夏輝は、優しいから…私を傷付けないように言ってくれてるんでしょ…わ、わかってます…」

「…わかってない!わかってないだろ!」

「わ、わかってますよ…」

わかってない!

しかも、そのたどたどしい敬語、ムカつくな。



「違う…違うって!…おい!」



思わず声を張り上げて、身を乗り出してしまう。

ヤツは「ひっ!」と体を震わせて、また頭を引っ込めていた。

あ…くそっ!

またビビらせてしまった。

何でこんな…!



何でか、うまく伝わってない。

思い通りにいかないからか、頭が混乱してきた。




でも…落ち着け。

目の前にイライラさせられる現実はあるが。

こんなことで冷静さを欠くなんざ、話にもならない。




「…桃李、『優しい』とかそんなんじゃねえ」

「………」

気を取り直して、一息ついて言ってはみたが。

ヤツは、相変わらず隠れたまま無言だ。




…まずは、正直に、素直に。

本当に思ったことを、伝えるべき。



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