ホワイトデーお返し調整会議【男子達の関が原】
 意表をつく発言にしばらく会議には沈黙が流れた。この重い空気を破ったのは、営業部時代に「猪武者」の名で知られた福島課長であった。

 福島課長は、意外に穏やかな口ぶりでこう語った。

 「あいや、石田係長どの。そもそも、本会議は連合して、おトヨ(女子社員の愛称※筆者註)に返礼を行うための会議ではござらんかったか。それを個別に(返礼を)なそうというのは、いささか合点がいかぬ。」

 こう言って、「考えを改めて伺いたい」と、石田係長に穏やかな一瞥をくれた。

 この福島発言に入社3年目の若手、小早川ケンタは「福島老いたり」と感じたが、それは誤りである。

 論語によれば「知命」、すなわち天命を知るべき年齢、50代を向かえた福島課長のその人柄は丸みを帯び、また先年の営業部から企画室への転出によって、現場から離れたことでも、彼から往年の生気が削がれたということもある。

 が、そもそもこの「ホワイトデーお返し調整会議」自体が、職場の課題であるとは言え、純粋な意味での業務ではない。詰まるところ親睦を目的としているに過ぎないこの会合においては、業務ラインでの命令、すなわちトップダウン式の命令が無効であることに、福島課長は配慮したのである。

 福島課長がただの「猪武者」にとどまらない人物であることが、ここから分かるが、意に添わぬ発言をした石田係長への福島課長の意外な穏やかさは、そういう理由からであった。

 石田係長は元来が過激な男である。先般の室内会議においても、成績が振るわない営業部第二課のリストラと大幅な組織変えを提案したことでも、その性格の一端を知ることが出来る。
 
 が、ドラスティックに物事の解決を図ることを善しとするのは、若手管理職に一般的に見られる傾向ということもある。いずれにしても、彼は企画室の改革派であった。
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