片翼の蝶



〈俺、その本好きなんだよね。
 読んでみなよ。傑作だぞ〉


「珀は、珀はもしかして……」


ごくりと喉を鳴らした。


「小説家、なの?」


〈ご名答〉


珀はにやりと笑った。


本の背表紙を見る。


杉内珀という文字に指を這わせた。


この人が、小説家。


この人が、この本を書いた張本人。


「あなたは小説家をしながら、
 この学校に通っていたの?」


〈まあ、そういうことになるね。
 て言ってもここにはほとんど顔は出せなかったけどな〉


「仕事、忙しかったの?」


〈いや、病気で〉


珀は淡々とそう言った。


私は珀をじっと見つめる。


珀のまつ毛が揺れた。


その目は伏せられて、
なんだかとても綺麗だと思った。




この一言で、珀は病気で死んだんだって察する。


まだ若いのに死ぬなんて、
この人もかわいそうだ。


まだまだやりたいこと、沢山あっただろうなぁ。


そう思うと胸がきゅっと痛くなった。


きっと私は、同情しているんだ。


それがいいことか悪いことかは分からない。


珀は目をあげて私を見た。


そして唇に弧を描く。


私は珀の動く唇を見つめた。


〈その本、俺の最期の本なんだ。
 良かったら読んでみてくれよな〉


「えっ?あ、ちょっと待って!珀!」


パチン、と。


シャボン玉が割れたみたいな音がして、珀は消えた。


幽霊は時々、こうして消えてしまう。


それを見て初めて幽霊だと気付く時もある。


珀は紛れもなく幽霊だった。


取り残されて、私はそっと本を抱きしめた。


これが、珀の人生最後の本。


私にとっては始まりの本。


貸出カードに名前を書いて、
その本をカバンにしまった。


家に帰ったら読んでみよう。


どんな本なんだろう。


不思議とワクワクしていた。



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