政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「あなたじゃなくて環、な。いい加減今後のために覚えて」
そう言って妖艶な眼差しを向ける。

その視線が私の体温を一気に押し上げる。

彼の手の内にあるスマートフォンは、今も電子音を響かせているのに一向に出ようとしない。

「し、失礼します!」
くるりと踵を返して目の前にある階段を駆け下りる。すると背中から彼の声が追いかけてきた。


「その髪型、似合っている」


その言葉に思わず振り向いてしまった私は、きっと負けだ。

彼は極上の笑みを向けていた。
馬鹿にするでもなく、ただ嬉しそうに優しく微笑んでいた。

ドキンドキンドキン。鼓動がうるさい。頬が熱を帯びて熱い。

足元がふわふわしてしまうこの感覚はなんだろう。階段を駆け下りる足は私のものではないみたいだ。


「……見合いなんてさせない」


彼がスマートフォンを握りしめ、低くそう呟いた声は、去り行く私には届いていなかった。この時、私はこの人にもう二度と会わないと思っていた。
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