政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「……君が好きだ」


小さく囁かれた声に呼吸が止まった気がした。
ドクン、と鼓動がひとつ大きな音を立てる。驚きで涙が止まる。


好き? 


まさか、あり得ない。私にはあなたから好かれる要素なんて何もない。


どうしてそんなことを言うの? 本心じゃないでしょう? 


お互いの目的が遂行されたら夫婦でいる理由はなくなるのに?


「ずっと一緒にいるよ」


私の心中を知っているかのように彼がキッパリと言う。

そんな約束はいらない。そんなことは言わないで。そんなはずはない。

そのどの言葉も彼にぶつけることができなかった私はやっぱり臆病だ。それなのに、この温もりを離したくないと思ってしまった私はとても卑怯だった。


その日から彼と私は一緒に眠るようになった。ただ一緒に眠るだけ。

彼の真意はわからない。彼は私を抱きしめてキスする以上のことはしない。

私の気持ちを聞き出そうともしない。私もそのことについて話さない。

この結婚がいつまで続くものなのか、自分の気持ちに確信の持てない私にその話をする勇気はない。彼の気持ちを鵜呑みに信じることも、踏み込むこともできなかった。

多忙な彼には急な出張もあるし、帰宅時間も深夜になることがしばしばだ。

十畳ほどの広さの寝室に置かれているのはキングサイズのベッドがひとつだけ。
サイドテーブル以外になんの家具もない。
大きな窓にはブラインドがかかっている。

彼を待ち構えるようにひとりでそこに眠ることがためらわれて彼が不在の時にはソファで眠っていても、翌朝になれば、寝室でしっかり彼に抱えられている。

そういう日の翌朝は彼の機嫌がすこぶる悪い。

そんなことが何度かあり、私は彼が不在の日でも寝室で眠る習慣がついてしまった。
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