政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
「ここは俺と彩乃の寝室だ。ベッドはここにしかない」


その言葉に彼が私の部屋に寝具を置かなかった理由を思い知る。ザッと身体中から血の気がひく。


「で、でも私は部屋で……」
彼の顔を見ずに呟く私の髪を、彼が緩慢に梳く。


「帰宅したら彩乃がソファから落ちそうになりながら眠っていたから運んできたんだ。あんな寝方をしていたら風邪をひく」
「どうして、そんなことをするの……?」


そろそろと顔を上げた私の目に、今まで見たことがないくらいに甘い目をした彼が映った。途端に鼓動が一気に暴れだす。


どうしてそんな目で私を見るの?


落ちそうになっていた私を運んでベッドに寝かせてくれたのだから、お礼を言うべきなのだろう。

風邪をひかないように気遣ってくれたことも感謝すべきなのだろう。

でもどうしてわざわざ私と一緒に眠るのかを聞きたかった。


私はただの名目上の妻なのに、どうして抱きしめて眠るの? 


彼がそっと私の額にかかる髪を避ける。その仕草が優しくて泣きたくなった。

言いたい言葉はこみ上げるのに、何ひとつ言葉にできない。


「彩乃は俺の大切なたったひとりの妻だから」


そう言って彼は私の唇を再び奪う。

その言葉に、胸が震えた。

胸の奥底からふつふつと湧き上がってくる、この切ない気持ちはなんだろう。

どうして涙が零れるのだろう。どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

「彩乃、俺は絶対に君から離れないし君を離さない。だから俺の前でありのままの彩乃でいてくれたらいい。知り合ってからの日は浅いけれど、俺はどんな君も受けとめる覚悟があるから、言いたいことや思ったことは我慢するな」

私の涙に唇を寄せて、彼は呟く。涙の理由を彼は尋ねなかった。
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