ビーサイド
「洋介~」
「ごめん、遅くなった」
珍しく洋介は、駆け足にこちらへ向かってきた。
以前は何分待たせようと、マイペースに歩いてきたのに。
「仕事大丈夫だった?途中で切り上げてきてくれたの?」
「まーやってもやっても終わんないから大丈夫」
そう言って笑った横顔は、あの頃より少し大人びて見えた。
最後の朝、涼くんはいつも通り朝食を用意して私を送り出してくれた。
私は合鍵を返して、彼の最後のいってらっしゃいに、いってきますと言い、私たちの関係は終わったのだ。
それから1週間はもう何も手につかなかったが、仕事だけはやけに張り切ってこなしていた。年末に向けて忙しかったというのも、少なからずあるが。
そしてようやく心を決めた。
洋介を選ぼうと。
「朱音?大丈夫?」
「あっ…ごめん。ぼーっとしてた」
「疲れてんじゃない?今日やめとくか」
なぜか、大丈夫という言葉が出なかった。
「ごめん……やっぱ無理だ」
どうしていつだって私はこうなのだろう。
自分の気持ちにあまりに鈍感で、事が起きてみないとわからないんだ。
「洋介。やり直すの、やっぱ無理みたい」
ずっと脳裏にある涼くんの笑顔は、もう洋介じゃ振り払うことができなかった。
洋介のことは涼くんが忘れさせてくれた。だけど、逆はだめみたいだ。
“折り合いのつけられるタイプじゃない”、理久にそう言われたことを今更思い出したってもう遅い。
人の行き交う金曜日の新宿駅で立ち止まる私たちは、見るからに修羅場だっただろう。