ビーサイド

「ねえ朱音さん」

「え…なに?」

彼はいつも突拍子も無いことを言うから、そんな真剣な目で見られると、なにを言われるのか怖い。

私はオムライスに目線を移して聞き返した。


「一緒に暮らそうよ」

やっぱり今回も突拍子もない。

涼くんと毎日一緒にいられるなんて、もちろん幸せしかない。

だけど、ときめきには賞味期限があることを、もう私は知っている。

それにそもそも私は、同棲に失敗もしているし。

「まだちょっと…早くない?」

「そうなの?やだ?」

「やだっていうか…」

はっきりと言わない私に、彼の視線が突き刺さる。
やっぱりあの目には、いつまで経っても慣れない。

「……マンネリっていうの?そういうの怖い」

私が涼くんに嘘をつけるようになることは、たぶんきっとないだろう。

私が正直に話した気持ちに、彼はふっと笑った。

「どんだけ遠回りしたと思ってんの?そんな簡単に俺は離れられないけど」

付き合うことになってから、涼くんは今までまったく読ませてくれなかった心を、少しだけわかりやすく表現してくれるようになっていた。

余裕に満ち溢れたその笑みを、信じてみてもいいのかな。

「…絶対?冷めない?」

「ずっとそばにいるって。もう朱音さん以外とかまじで考えられないから」

彼はそれに続けて、俺にこそ冷めないでよと笑った。


ずっと一緒にいようね、なんて私も、きっと涼くんだって、前に約束した人がいる。

その約束が守られなかったから、今私たちは一緒にいるわけで、その口約束の脆さはちゃんとわかっているよ。

でも、人生なんてなにが起こるかわからないから。


「引越し屋さん、空いてるとこ探さないと」


信じたいものを信じればいいと思うんだ。


fin.
< 95 / 96 >

この作品をシェア

pagetop