【最愛婚シリーズ】クールな御曹司の過剰な求愛
「今日は結構です。印鑑なども持ち合わせていないでしょうし。それに本当にわたしを資産運用のパートナーと思っていただけた上で、当社とお取引を始めていただきたいのです。ですからもう少し、わたしにお時間をいただけないでしょうか?」

営業をする身としては、ここはすぐに契約をもらうのが正解なのだろう。けれど、わたしにとっては今の数字よりもこの先どれだけ満足した取引をしてもらえるかの方が大切なのだ。

話を聞いた神永さんは、最初驚いた顔をしていたけれど納得したのか、ゆっくりと大きくうなずいた。

「では、私が納得できるまでお付き合いいただけるということで、いいですか?」

 神永さんに試すように問われた。そう尋ねた神永さんは人の良い、いつもの彼とは雰囲気が違っていたように思う。一瞬だけれど狡猾な感じがした。大きな会社の経営者という彼本来の姿を一瞬垣間見た。

「はい。できれば、早く契約してもらう方がありがたいですけど」

 様子の違う神永さんに戸惑う。しかしそれはわたしの取り越し苦労だったのか、次に見た彼の顔は、柔和な笑顔を浮かべていた。

「それは、あなた次第と言うことでしょう」

「が、頑張ります。本日はお時間ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。楽しみにしていますね」

 お互い立ち上がり、挨拶を交わす。そのとき大事なことを思い出した。

「あ! あのお借りしていたドレス、お返ししなければっ!」

 突然の訪問で大切なことを忘れていた。ワンピースを返してもらうときに、返却すればよいと思っていたのに。
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