エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
「……くん、倉持くん」
 後ろの席に座っている城崎部長に呼びかけられる声がして、俺は我に返った。

「はい、部長。お呼びでしょうか」
 デスクから城崎部長の前に移動すると、部長は座ったまま俺を見上げた。
 部長は、元々の顔つきが強面故にいつも見ても険しい表情を浮かべているように見えるが、今俺を見上げる眼差しは穏やかだ。

「いつも朝早くからご苦労様。そろそろ君の歓迎会を開こうと思って、都合を聞きたいんだが」
「歓迎会、ですか」
「ちょうど時期的に忘年会も被るからね、君さえ良ければ少し早いが忘年会も兼ねて、と考えてる」

 正直、ビジネスの話ならまだしも、大人数でどんちゃん騒ぎするのは苦手だ。前の会社でも歓迎会や忘年会があったが、俺はいつも一次会で逃げ出してきた。

 でも、俺の歓迎会も兼ねるとなると、主役が一次会で逃げ出すのは非常識だろう。考えるだけでも気が重たい。

「忙しい身だからなかなか都合付けるのも大変かもしれないが、皆君のことを知りたがってるよ。ぜひ、これをきっかけに皆とも仲良くなってくれ」

 俺は入社してからと言うものの、俺は朝と夜以外ほとんど会社にいないで外回りをする日々が続いており、他の営業社員との交流は挨拶くらいしかなかった。

 子会社からの転籍という珍しいケースのせいなのか、俺の雰囲気が近寄りがたいのか、部署の中で一番年齢の若い俺とどう接すれば良いのか分からないのか、仕事中に積極的に話しかけてくる人もほとんどなく、俺も最低限のコミュニケーションだけで淡々と仕事をこなす日々が続いていた。

 そんな俺の状況に、部長なりに気遣ってくれているのかもしれない。プレッシャーではあるが、礼儀として断る訳にもいかない。俺は部長に向かって静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」
「定時退社日なら君も都合を付けやすいかな」
「はい、お気遣い頂きありがとうございます」
「それなら、次の定時退社日に機会を設けよう。私の方から皆にメールを流しておくから、よろしく頼むよ」
 顔を上げると、部長は僅かに口許を緩めて微笑んだ。
 
 俺はもう一度部長に頭を下げ、デスクへと戻る。次の定時退社日は二週間後の月末の金曜だ。デスクのカレンダーと手帳に「歓迎会・忘年会」とだけ簡単に書き込み、俺は仕事の続きを始めた。
 
 あらかた外出する前にやらなければならない仕事が片付けくと、梓がオフィスに入ってくるのが見えた。
 
 一瞬、彼女と目が合うと、彼女はすぐに動揺したように目を逸らしてデスクへと歩いていってしまった。
 
 ……手順を、間違えたな。俺は自嘲気味に笑うと、彼女には話しかけず、今日頼む予定の仕事をメールで送って会社を出た。
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