エリート社員の一途な幼なじみに告白されました
「……」
 環が何か物思いに耽るように静かにマンションを見上げている。私は何も言わずに、手を繋いだまま一緒にマンションを見上げた。

「ずっと空虚な家だったけど、梓と一緒に過ごした時間のおかげで悪いだけの思い出じゃなくなった」

 環がふっと口許を緩めて私を見た。

「俺は、梓が好きだ」

 環は手を離して私に向き合い、頬にそっと触れた。

「梓は――俺のことどう思ってる?」

 柔らかい表情が急に真剣な表情になる。
 
 強い眼差しで見つめられて、顔から湯気が出そうな位、恥ずかしくなった。どんどん鼓動が早くなっていって、私はなんて答えたら良いのか、迷った。

「私にとって環は……」

 最初に環に告白された時、私は「付き合う」という行為が怖くて突き放してしまった。

 まさか幼なじみに告白されるなんて、という驚きもあったけれど、どんなに仲良くしていても、真剣に想っても、裏切られるときは簡単に裏切られてしまうのだ、と過去の恋愛でトラウマになってしまったから。

「大事な幼なじみ、だよ」

 環は私の言葉に目を細めて、「そうか」と呟いた。

「……でも」

 ――でも、はっきりと環に気持ちを伝えられて、抱き締められたり、撫でられたりして、まだ自分に「恋をしたい」「愛されたい」という感情が残っていることに気付かされた。

 もしも出会ったばかりの他の男の人にそんなことをされたら、身構えてしまったと思う。でも、環には不思議と嫌だという気持ちがわかなかった。

 「怖い」と言って突き放せなくなっていた。それはきっと、環の見た目は変わっても、中身が変わっていないことが分かったから。素直じゃないけど、優しくて、不器用だけど、嘘は吐かない。

 私はすうと息を吸って、呼吸を落ち着けた。

「――環となら、もう一度、踏み出してみたい、って思う」

 環の瞳を見据えると環は一瞬目を見開き、私は強い力で抱き締められた。

「梓」

「だから、上書き、してください」

 環の背中に腕を回し、環を抱き締め返すと、環は体をかがめて私の肩に顔を埋めた。

「上書きして、幸せにする。大事にする。絶対に、何があっても」

 私は温かな気持ちに包まれて、こくりと一度、頷いた。
< 80 / 85 >

この作品をシェア

pagetop