仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
「ねえ、どうして急にこんな人事を言い出したの?」

「理由はさっき話しただろう? 千夜子の為だ」

「いいえ、違うわ。一希、私を遠ざけようとしているでしょう?」

千夜子の言葉に、胸が軋んだ。

(俺が……千夜子を遠ざけている?)

そんなはずはない。あってはならないことだ。

千夜子は怒りの目で一希を睨む。

ソファーから立ち上がり、一希の執務机に近付いて来た。

「あの子の……久我山美琴のせいね?」

「……そうじゃない」

「誤魔化さないで! 最近の一希の態度を見てれば明らかよ。あんな普通の子に絆されたのね?……あれ程心を許さないようにって言っておいたのに。家じゃ仲良く夫婦生活でもしているの?」

「違う! そんなんじゃないんだ……」

美琴との関係は夫婦とはとても言えないものだ。

彼女には嫌われているし、二人の間には壁があり仲が良かったことなどない。

ただそれでも美琴の嫌がることはしたくないと思った……それだけだ。

千夜子の立場も十分に考慮して決めたことだった。しかし千夜子に一希の想いは伝わらない。

「もういいわ。このことはあなたのお母さまに報告します、覚悟しておいた方がいいわ」

千夜子は捨て台詞と共に足音荒く部屋を出て行く。

茫然とその後ろ姿を見送ったあと重い気持ちで家に帰った。



「お帰りなさい、今日は少し遅かったのね」

自宅では美琴が夕食を準備して待っていてくれた。

いつもより一時間も連絡もなく遅れたのに、自分も何も食べずに待っていてくれたようだった。

テーブルに並ぶ温かな料理を目にすると、胸がいっぱいになった。

黙り込む一希に美琴が言う。

「もしかして外で済ませてきた?」

はっとして慌てて否定した。

「いや、そんなことはしてない……食事を用意して貰えたことが嬉しかっただけだ」

「え?」

美琴が怪訝な表情をする。

けれど気を取り直して一希の飲み物を用意してくれた。

「いただきます」

静かで穏やかな食事が始まった。
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