仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
『はい』

コール数回で一希は出た。

低く滑らかな声は少しも変わっていない。

緊張を感じながら、声を出す。

『久しぶり、今大丈夫?』
『ああ』

相変らず言葉が少ない。一か月ぶりなのに『元気か?』の一言もないようだ。

『お義父さんが倒れたって聞いたから連絡したの。大丈夫? 良かったら私そっちに行こうかと思って』

一時的に自宅に戻ってもいい。そう思ったが一希にあっさり拒否されてしまった。

『いや、その必要はない。父は完全看護の病院に入院しているし、自宅には俺も帰っていない』

『え? 帰ってないってどういうこと?』

『別に部屋を借りている。あの離れは取り壊すことにした』

淡々と語る一希の言葉がショックだった。

(取り壊す? まだ新しいあの新居を?)

『なんで……』

『父の件があるが離婚の準備は進んでいる。あと少し待ってくれ』

『離婚ってお義父さんがこんなときに? そんな急がなくてもいいんじゃないの?』

『いや、だからこそ急ぎたい。纏まったらこちらから連絡する』

『あっ、待って!』

叫んだけれど一希は無情に電話を切ってしまった。

美琴は茫然として、その場に座り込んだ。

(やっぱり一希は元に戻ってしまった)

電話の一希は、冷たく美琴を拒絶していた頃の彼だった。
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