仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
それから更にひと月後。

一希からは何の連絡がないまま時が過ぎて行った。

再び拒絶されるのが怖くて美琴からは連絡が出来ない。

祖父にそれとなく状況を聞いても、鈍い反応で期待する答えは帰って来ない。

モヤモヤとして過ごしていたとき、慧から急ぎ会いたいと連絡が入った。

慧の指定したレストランに行き彼の名前を告げると、個室に案内された。

隣の部屋も人の気配はない。

あらかじめ指示しているのか、店のスタッフが来る様子もなく完全に隔離されていた。

その用意周到さと、いつも美琴の都合を考慮する慧とは思えない程の強引な誘いが不審で、優香との件のあと疎遠にしていた気まずさも忘れ、問いかけた。

「慧、急にどうしたの? なにか有ったの?」

今日の慧にいつものような笑顔はなく、強張った表情をしている。

明らかにおかしいその態度に、美琴も落ち着かない気持ちになる。

慧は美琴を椅子に座らせると、真剣な目をして口を開いた。

「今別居しているんだよな? 神楽さんと連絡は取っているか? 彼の進退について何か聞いているか?」

「連絡は取ってないし、何も聞いてないけど……なにか有ったってこと?」

ふいに、嫌な予感が襲って来る。

慧が美琴を見つめて言った。

「神楽さんが、神楽グループの後継者の地位を退くと耳にした」

「……え?」

思いもしなかった情報に、美琴は言葉を失う。

「神楽グループは新たな後継者に別の人間を立てる。まだ正式に発表はされていないが確かな情報だ」

「うそ……そんな、どうして?」

一緒に住んでいるときも、一か月前の電話でも一希はそんな素振りを見せなかった。

今、何が起きているのか、美琴には想像もつかなかった。
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