仮面夫婦~御曹司は愛しい妻を溺愛したい~
男性の発言に、美琴はますます戸惑った。

久しぶりと言うからには、前に会っているということだ。けれど全く記憶にない。

服装からこのパーティの招待客と思われるが、美琴の学生時代の友人に招待されるような立場の人はいない。

だとしたら、社会人になってからの知り合いとなるが、実家の文房具店で働いていた頃に出会った人ではないはずだ。

(祖父の家で暮らしていた頃に会っている?)

その可能性が一番高いけれど、困ったことにどうしても思い出せない。

(誰ですか? なんて聞けないし……)

もう思い出すのは不可能と判断した。

(仕方ない)



「ご無沙汰しております」

微笑みながら、挨拶をする。
この場はなんとか誤魔化して、後から誰かに男性の名前を聞こうと考えたのだ。

けれど、男性は少し驚いたような表情のあと、声を出して笑い始めた。

「俺が誰だか分からないんだろ? だったらそう言えばいいのに、ご無沙汰しておりますって何だよ、ぜんぜん美琴らしくない」

笑いながらのからかうような口ぶりは、今日このパーティで挨拶を交わした人たちと雰囲気が全く違う。

取り繕ったところがなく、距離が近く感じるのだ。

呆気に取られながらも、バレてしまったものは仕方ないと、開き直ることにした。

「ごめんなさい。おっしゃる通り、あなたとどこでお目にかかったのか思い出せないないのです。大変失礼ですけど、お名前を伺えますか?」

男性は依然として、感情を隠さず、楽しそうに美琴を見つめて名乗った。

「葉月慧(はづきけい)」
「えっ?」
「覚えてない?」

懐かしそうに言う長身の男性を見つめながら、美琴の意識は過去を遡っていた。


葉月慧ーーその名前はよく覚えていた。
今から約十年前、中学生の頃のクラスメイトの男の子の名前。

美琴の通っていた中学校は地元の公立校だった。
入試もなく、学区範囲に住んでいれば誰でも通えるごく普通の学校だ。

学力は高くないけれど部活動が盛んで、美琴はそこでのびのびと楽しく三年間を過ごした。

葉月慧は、一年とニ年のときに同じクラスで、特に二年生の時親しくしていた。だから彼のことはよく覚えている。ただ……。

「慧のことは覚えてるけど、記憶と大分違っているような……」
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