愛のない部屋
もうそろそろ定時になるという時に
「沙奈ちゃん、受付から電話」
そう篠崎に声を掛けられ、パソコンの画面から顔を上げる。
「はい」
なぜ受付から内線が来たのか、不思議に思いながらもとりあえず電話を受ける。
『神埼さんにお会いしたいという方がおりまして。お待ちして頂いているのですが。お名前は……』
慣れているせいか受付嬢はマニュアルを読んでいるかのように、すらすらと告げてくる。
待って。
私にとっては耳を疑いたくもなる名前を、淡々と告げたのだ。
「帰って頂くことはできませんか。手が離せないもので」
感情を隠し、断りを入れる。
なぜ、なぜ、なぜ――。
会社の場所を知っているなんて、ありえない。
私が此処に勤めていると、どうして分かってしまったのだろう。
『少しで良いので話がしたいと、おっしゃっています』
「分かりました…今、行きます」
踏切では逃げ出すことができた。しかし既に会社の受付にいる男からは逃げ出すことはできないのかもしれない。
「篠崎さん、私用で少し席を外しても宜しいでしょうか」
「おう」
「ありがとうございます」
優しい上司に助けを求めたくなった。
私の代わりに受付に赴いた男を――先生を追い返して、そう言うことができたらどんなに良いか。