愛のない部屋
2人きりのエレベーターで、最初に口を開いた峰岸はいつも通りだった。
「おまえが困ってるように見えたから会議なんて嘘をついちまったけど、よかったか?」
「うん、ありがとう」
本当はきっぱり断らなきゃいけないことだったとは思う。それでも先生の放つ雰囲気の中では、なにも言えなかった。
婚約者がいたとかいないとか、今更だよ。
もう過去にこだわる必要はないのだし、例え先生に婚約者がいなかったとしてもなにかが変わるわけじゃない。
否、変わってはいけない。
峰岸と私の将来に、先生はいらないのだから。
「大丈夫か?」
「うん?」
壁にもたれながら、私を見る。
「昔の知り合い?」
「うん」
初恋の人、なんて事実は峰岸の前では決して言いたくない。
「まぁ、なんかあったらちゃんと言えよ」
「ありがとう」
峰岸はなにか気付いたかもしれないけれど、私が口を開かない限り詮索はしてこないだろう。
分かってる。
峰岸が私に寄せる信頼を。
「じゃぁまた帰りに」
「はい」
開いたエレベーターから降りて行く峰岸の背中が、見えなくなるまで見送ってから扉を閉めた。