愛のない部屋
無理に話すつもりは無いのか、先生はそれっきり口を閉じた。
無言で見つめ合う私たちの間に、独特の雰囲気が流れる。大人で全てを包み込むような、先生がもつ空気に懐かしさを覚えた。
「神崎さん、これから打ち合わせでしょう。時間、大丈夫ですか?」
他人行儀な言葉が聞こえたと思えば、私の隣りに峰岸が立った。
最も恐れていたツーショットが実現してしまった瞬間でもある。
「すみません。お時間を取らせるつもりではなかったのですが。もう私は失礼しますから」
先生は峰岸に頭を下げる。
「失礼ですがあなたは彼女の上司でしょうか」
「ええ。峰岸と申します」
穏やかに話す2人。
「峰岸さん、これからも沙奈を宜しくお願い致します」
「はぁ」
先生は一方的に言うと、今度は私の方を見た。
「連絡先。良かったら電話くれ」
無理矢理、名刺を握らされて。
先生は逃げるようにその場を、後にした。
逃げたいのは私の方だよ、先生。
茫然と、その懐かしい後姿を見送ることしかできなかった。この場で名刺を破り捨てる選択肢もあったはずなのに、私はただただ握りしめていた。
「行くぞ」
そしてそう声を掛けてきた峰岸の顔を見れなかった。
先生のことを隠していた罪悪感のせいか、それとも2人を遭遇させてしまったからなのか。