レフティ

“え、普通に行くんだけど!今すぐ行くけど30分はかかる!”

たぶん従来の予定を切り上げて来るのであろう。
美沙からはそう返信があった。

「美沙、あと30分くらいって」

先生は頭にハテナを浮かべたような顔をして、それから少しして美沙が近藤さんであることを思い出したようだった。

「俺の友達も同じくらいだと思うんだ~。ちょっと着替えてきちゃうから、ここで待っててね」

「はい」

先生のいなくなった1人きりの部屋で、ようやく私はいつも通りの呼吸ができた気がする。

先生といると、自分の浅はかな部分を丸ごと見透かされているようで、心が落ち着かないのだ。
そのうえ、授業についていくのにも必死だし。

すりすりと畳を撫でると、今更ながらいぐさの良い香りがした。

「お待たせ~」

私服に着替えた先生は、白いTシャツと黒のスラックスは着物の下に着ていたものと同じに見えるが、グレーのカーディガンとシンプルなネックレスが加わっただけでも、先ほどまでとは随分印象が違って見える。

「やっぱ印象変わりますね」

「え、そう?どっちがよかった?」

「…昭和の文豪もよかったと思います」

「昭和の文豪!?」

先生は目を丸くしてから、くしゃっと笑う。
それは授業では絶対に見られない顔だった。

「食べれないものとかある?」

そう尋ねながら、先生は私の隣に腰を下ろしてあぐらをかく。

「いや特には…あ、でも美沙が甲殻類だめです」

「すげ、俺の友達と一緒だ。じゃー馬刺しがおいしい店があんだけど。そこでいいかな?」

まるで友達みたいに、先生はフランクに話す。
それはなんだか、先生のプライベートを覗き見ているようで、少しだけドキドキした。



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