レフティ

「えー、ないんじゃない?あの襟だけっしょ」

「襟?」

「ほら、左前とか右前とかあるじゃん」

美沙が言うには、着物は右前、つまり右手が懐に入るように着付けて、左前だと死装束になってしまうんだそう。

「右手が入るようにって、右利き用でしょ」

「ふーん。確かに」

まぁそれくらいなら、なんてことはなさそうだ。
初めから右でやるとわかっていることなら、どうにか熟すことができる。
例えば、電卓とか、パソコンのマウスみたいに。

私はさっそく美沙を紹介者として、翌日の夕方の時間に、着付け教室の体験を申し込んだ。

― イケメンの先生ねぇ…。

美沙とは大体好みが被らないから、あまりアテにはしていなかった。
とはいえ、イケメンと聞けば胸が躍るのが、女子ってものだろう。


「19時から予約していた桃田です」

その着付け教室は、見慣れたビルの6階に入っていた。
興味がないことって、本当に目に入らないものだ。

「こちらでお待ちくださいねぇ」

品のいい年配の女性に案内され、畳の部屋に通される。
なんだか、着物姿の女性に畳の部屋だなんて、あまりに自分に不釣り合いで、肩身が狭かった。

「お待たせしました~」

気の抜けた声に振り返ると、そこにいたのは、グレーの着物姿の男性。


確かに。
まごうことなきイケメンだ。

< 4 / 140 >

この作品をシェア

pagetop