レフティ
先生はそのあと、甲斐甲斐しく私の看病をしてくれていた。
そこらじゅうからレンタルの着物を引っ張り出して、横にならせてもらった私の身体にそれをかけてくれたり、部屋の空調を30℃まで上げてくれたり、お水と氷を持ってきてくれたり。
「あ、あの先生…ほんとにすいません。ご迷惑をお掛けしてしまって…」
私が何重にも重ねられた着物から顔を出すと、頬を膨らませた“山辺さん”が、ほんとだよ、と口を尖らせた。
「なんで無理してくんの?休みなさいよ」
まるで母のような口調だ。
隣まできてくれた彼は、私の頭をそっと持ち上げて、結び目がちょっとだけ痛いと思っていた髪の毛のゴムを解いてくれた。
「……私覚えるの遅いから。休んだらもう絶対追いつけないなって思って」
とは言え、結局授業は中断して、その上先生に迷惑を掛けているわけだから、一番最悪の状況だ。
「ほんとにすいません…」
「…馬鹿なの?友達なんだから、教室じゃなくたって俺に言えばいいでしょーが」
馬鹿なんて、先生でも言うのか。
ふっと膨らんだ頬から息が抜けると、先生は呆れたように口元を緩めた。
何度も何度も、彼の冷たい手が私の頭を行ったり来たりすると、余計に熱が上がっていくのがわかる。
「お金払ってる人に悪いじゃないですか…先生独り占めしちゃって」
「いいよ、桃田さんは特別」
ー え?
ぼんやりとする意識の中でも、その言葉はしっかりと認識できた。
「特別に覚えが悪いから」
一瞬期待してしまった私を嘲笑うように、ぷっくりとした唇を横に引いて白い歯を見せた先生。
「…嬉しくない…!」
口ではそう言ったけれど、きっとそんな言葉とは裏腹な顔をしてしまっていたことはわかっていた。
迷惑をかけておいてまったく最低だ。
私はまた知らない彼を見てしまって、風邪をひいたこの状況を少しだけ、ほんの少しだけ。
ラッキー、なんて心の中でほくそ笑んでいた。