レフティ
「ちょっと寝な?」
「や、でも…」
先生の冷たい手に、ようやく頭が慣れてきた頃だった。
「ちゃんと電気つけとくし。俺も隣にいるから」
あの日に話したことを、まだ覚えてくれていた。
それだけで、たったそれだけで。
こんなにも舞い上がってしまうなんて、ほんとどうかしている。
それも全部、この熱のせいにしてしまいたい。
「…彼女にしてって言わないから」
ー そう熱のせいにして。
「ちょっとだけ、抱きついてもいいですか」
見上げた彼の瞳は一瞬驚いたように丸くなったが、すぐにそれを細めて、いいよと低い声で囁いた。
そうだ、今日は全部熱のせいにしてしまったらいい。
こんな甘やかしてもらえるチャンス、もうきっとないから。
私はごろんと先生の方に寝返りを打って、精いっぱいに伸ばした手で、彼の腰の辺りを掴んだ。
「ん、もっとこっちおいで」
彼の両手でそっと上体を起こされると、あぐらをかいた彼の膝の上に私の頭が乗った。
わかりやすく一言で言えば、膝枕の状態。
こんなの、嘘みたいな、夢みたいな時間だ。
私はそれを噛みしめるように、腰に回した手にさっきよりも力を入れて、ぎゅっと彼のお腹に顔を埋めた。
一定の速度で動く、先生の心臓の音。
心地いい。
ー はー…好きー…
「え?」
「……え…あ、匂いがね、匂いが」
思わず口を突いて出た言葉は、まったく素直にも程があった。
誤魔化せたかわからなかったが、もう彼の温もりには逆らえず、私は瞼を閉じる。
「来週までにはちゃんと直そうな」
確かそんな優しい声が、曖昧な甘い記憶の最後だった。