レフティ
「うわっさむっ」
駐車場で車を降りた私たちは、4人して声を揃えた。
もちろん天気予報も見たし、十分に備えもしてきたはずだが、頬に突き刺さる冷たい空気は、予想以上だったのだ。
「ちょっと、走ろ」
鎧塚さんがブロンズの髪を跳ねさせながら、その場で足踏みを始めた。
そんなことしたって、いくらも暖かくならないだろうに、とおそらく山辺さんも同じことを思って笑ったが、美沙だけは、その隣で同じように足踏みをしたのだ。
「何から乗りましょうね?」
そんな風に声を掛けた彼女を見やった鎧塚さんは、随分と嬉しそうな笑顔を見せている。
ー もしかして…?
「…あの2人、なんかいい感じじゃない?」
やはり山辺さんから見ても、同じように見えていたようだ。
「うん。なんか、前と雰囲気違いますよね」
なんて平然を装ったが、内心美沙と鎧塚さんのことよりもずっと、私は自分のことでいっぱいいっぱいであった。
1週間前の、私が風邪をひいてしまったあの日。
あのまま彼の膝の上で眠ってしまった私は、いつの間にやら彼の腕に抱かれて、気づいた時には朝になっていた。
彼の腕の中で聞く2度目の『おはよう』は、いまだに脳内で鮮明にリピートされている。
「ーおーい、桃田さん?聞いてる?」
「うわっ」
あの日のことを思い出していると、突如目の前に現れた、現実世界の山辺さんの顔。
手をひらひらしながら、私の顔を覗き込むような仕草は、まったく心臓に良くない。
あの日、彼のおかげもあって具合の良くなった私は、そのまま寝てしまった自分の図々しさと、朝から刺激の強い彼の綺麗な顔に、まるで逃げるように教室を飛び出していた。
それからメッセージのやり取りは何度かしたものの、会うのはそれ以来。
熱に任せて随分と積極的になっていた自分のせいもあって、なんだか、必要以上にドギマギしてしまうのだ。
「最初、ドドンパ乗りたいんだって。大丈夫?」
まるでそんな私を見透かすように、彼は笑った。
「…うん、大丈夫。大丈夫です」
そんな彼を、直視できない自分。
いつの間にやら、頬を突き刺す冷たい空気は、心地良いものに変わっていた。