麻布十番の妖遊戯

 五

 岬登(みさきのぼる)は自分の体を真上から見下ろしていた。
 横たわっている己のの体は、茶色く汚れていた。顔も土色に変色し、薄汚れてみすぼらしい。

 腕がだらしなく檻から伸びている。指先は鍵爪のように曲がり、床を引っ掻いたような跡がある。引っ掻いたことにより指先は血まみれだったのだろう、赤黒く血が固まっている。

 檻の中は汚物で汚れ、水の入れ物の中に水は一滴も入っていない。ドッグフードを入れていた入れ物にも何一つ残ってはいなかった。
 身につけている衣服も薄汚れ、ズボンは半分ずり下がっていて恥ずかしい状態になっている。

 下に見える自分は檻の中に閉じ込められていたのだ。
 そうか、俺は死んだのか。

 両掌を目の前でかざしてみる。血色もよく元気そうに見える。
「そうか、俺はついに死んだんだ」

 信じられない出来事が自分の身に起こった。
 登は眼下の己の肉体をじいっと眺め、なぜこんな事態に陥ったのかを考えた。

 死ぬ数日か、数週間前か、はたまた数ヶ月前からか、己の思考力は働かなくなり、幻覚幻聴が聞こえ始めるようになったのだ。
 何が現実で何が夢の内なのか区別がつかなくなっていった。なので、どうして死ななければならなかったのか、理解できない状態だった。

 確か、俺は大型犬の子犬を一匹、殺す目的で施設から引き取ってきた。子犬から愛情を持って育てて、これ以上大きくならないところまで育ててからいたぶり殺す予定だった。

 今まで愛情いっぱいに育てられた犬は、急に掌を返されたらどんな顔をするか。それが見たかったんだ。だから長い年月、手間暇かけて育ててきた。
 そしてついにその日が来た。

 最初はいつも通りに散歩に行った。しかし、リードを離すことはなく、近所を一周して戻るだけにした。
 犬も不思議そうに俺を見ていたが、もちろん無視した。
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