麻布十番の妖遊戯

 七

 六畳一間程度のこぢんまりとした家、部屋の真ん中にはこたつが一つ。
 太郎、昭子、侍、そして猫夜と犬飼が席についていた。

 たまこも太郎の後ろに座っている。胸の前には分厚いノートを抱えている。その顔はなぜか不機嫌そうだった。

 猫夜と犬飼は喉元につっかえた骨が取れたような、すっきりとした顔をしている。
 初めて見る優しい笑みを浮かべていた。

 その二匹の前に太郎が一冊のノートをスと置いた。
 猫夜と犬飼が同時にノートに目を落とし、同時に首を右へちょいと傾けた。
 昭子が、「はぅっ」と、たまらん顔をする。

「このノートは?」

 猫夜が小さくて白い手をパフッとノートに乗せた。そのまま爪で軽くひっかけて自分のところに引き寄せる。

「ふわっふわで気持ちがいい。これはまるであたしのようだねえ。色も雪みたいに純真無垢で真っ白。これもあたしにそっくり。いいノートだね」

 喉をゴロゴロ鳴らして目を細めた。
 犬飼も頷き、そうだねえ、私もそう思うよと言っている。

「そうかい、それは猫夜と犬飼の人生のノートだよ。人生というよりは動物生とでもいったほうがいいのか」

「あたしのこれまでですか?」

「そう、もちろんそこには犬飼もいるぞ。忘れないでやってくれよ。今そのノートを触って感じた気持ちが、自分の人生に起こったすべてをひっくるめた総評みたいなもんだ。猫夜は自分が大好きな人生だったってこったな。犬飼はそれを優しく見守ってる。本当に猫夜が好きなんだな」

 太郎が珍しく微笑ましい笑みを浮かべた。
 それを見て昭子が感心したように鼻を鳴らす。
 侍は首を大きく首肯させて目をつぶり、口をへの字に曲げて何か考えている風を装っている。

「あたしの人生はあたしのものだけど、なんで犬飼が」

 ちらりと犬飼を見やる猫夜は耳がなぜか悲しげに下がっている。それを見て犬飼が優しく頷き、

「私は猫夜と初めて出会ったときにね、昔の私と重なったんですよ」

 自分のことなど話したことのない犬飼であったが、ここへ来てぽつりと語り始めた。

 猫夜は犬飼の方に耳を向けた。
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