麻布十番の妖遊戯
 最初に猫夜が立てた爪痕はうまい具合に引っ掻き傷で隠されていた。
 猫夜が息を飲んで昭子に目を向ける。

 まん丸い瞳に見つめられて昭子が「はう」と何度目かのたまらん声を漏らす。お目目がまん丸の猫夜が可愛くて仕方ないのだ。

 猫夜は昭子がわざとノートを引っ張ったのだと気づいた。しばらく昭子の顔をじっと凝視し、昭子は頬を膨らませて眉を垂れ放題に垂れさせて猫夜を見つめていた。

「なんにせよだ、復讐はできたんだからよかったってことだな」

 太郎が猫夜と犬飼に言い、温かいミルクを出してやる。
 二匹は、本当にすっかり気が晴れましたとばかりに澄み切った笑みを太郎に向けた。それからお互いに顔を合わせ、確認し合うように大きく頷き合う。

 目の前のミルクの甘い香りに、猫夜のヒゲがぴくっと嬉しげに跳ね、喉がごろごろと鳴る。

 犬飼も尻尾をぶんぶん振った。悪気はないのだが体が巨大な分力も強くなる。その尻尾が猫夜の背を打ったものだからまたしても猫夜のパンチをもろに尻尾に食らうことになる。
 腰を浮かして尻尾を腹の内に収納すると尻尾の先がまだ嬉しさに左右に振れていた。

 穏やかな表情の二匹はお互いの背をピタリとつけた。
 猫夜はこたつのテーブルに前足を乗せて立った格好で、犬飼は顔をこたつに近づける格好で温かいミルクを飲み始めた。

 無意識に揺れている猫夜の真っ白くてきれいでふさふさの尻尾が犬飼の背に優しく当たる。

 ミルクを飲み干す頃になると二匹の姿とノートは透き通りはじめ、本人たちも気づかぬままに行くべきところへと逝ったのであった。
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