麻布十番の妖遊戯
 玄関にも明かりがさしたとき、ドアを思い切り開け放つ音と共に私の姿を見つけた男が何か罵声を私に浴びせながら近づいてくる音が後ろに聞こえました。

 私は恐怖でもつれる足をなんとか動かそうとしましたが思うように足は動かない。自分の足じゃないみたいでした。
 本当に本気で心から自分にイライラしたのは後にも先にもあのときだけです。

 そんな私を嘲笑うかのように、男はゆっくりと、恐怖で逃げられなくなっている私を弄ぶように近づいてきたんです。すぐ後ろからで

「ほら、早く逃げないと捕まえちゃうよ」

 っていう気持ちの悪い声と笑い声が聞こえて、内臓を手でぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような気持ちの悪い感覚に陥ったのを覚えています。

 私は簡単に男に捕まりました。
 頭を何回も殴られ、体に力が入らなくなりました。
 首根っこを掴まれて引きずられているのがわかりました。
 足が地面に擦れて熱かった。痛かった。力の入らない指先も地面に擦れて痛かった。ヌメッとしたものが指先に触れて、鉄の匂いが鼻につきました。

 それが自分の血の匂いだとわかるまでに時間がかかりましたが、悲鳴をあげる間も無く私はさっきまでいた、ようやう逃げ出したあの小屋に投げ入れられたんです。

 しばらく呆然と床に転がっていました。動ける気力がなかった。体も動かなかった。
 小屋の外でガチャガチャと鍵をかける音がしていて、それは男が小屋に錠をかける音だったんです。

「死ぬまでそこにいろ。じわじわ殺してやる」そんなことを言ってたのを消えゆく意識の片隅に聞きました。
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